2010年7月31日付けで株式会社ミクシィを退職することになり、有休消化により、本日が最終出社日となった。ウェットな感じはキャラじゃないので、さりげなく去っていく予定であったが、同僚の皆様にお集まりいただいて素敵な花束やお言葉などいただいて感無量である。その場で感動的なスピーチを披露すればよかったのだが、長時間いると感極まりそうだったので、言葉少なに失礼させていただいた。でも、せっかくなのでこの場にて感謝の言葉を述べさせていただこう。
2006年6月1日に入社してから、サーチエンジンやデータマイニングシステムやそれらのためのストレージモジュールを作ることを自らの課題にしていた。その傍ら、mixiの検索機能やその他の機能のサービス開発に携わるとともに、研究開発グループという小さなグループのマネージャを務めて今に至る。そういった中で、同僚の皆様には公私ともに多大にお世話になった。「今の私があるのも」とか言えるほど私は大した人物ではないが、こうしてささやかに社会生活を送っていられるのは皆様のおかげに他ならない。この4年の間、不躾なキャラに辛抱強くお付き合いいただいた皆様に改めてお礼を申し上げたい。本当にどうもありがとうございました。
kazeburoさんと同日入社だったが、その時点でバタラさんtatsumaさん小山さんbonnuさんbonarさんharakachiさんpiarraさんあたりがアプリケーション開発をやっていただろうか。彼らにPerlのイロハを教わりながらmixiの検索機能をひとつひとつ作っていったことをよく覚えている。自作のエンジンをサービスインさせた数分後にサーバが負荷に耐えられずに落ちてしまって泣きそうになりながら対策を施したのとかを思い返すと懐かしい。その後にも続々入ってくる気鋭の面々に刺激を受けながら、Webサービス開発の面白さを実感する日々であった。この4年間を振り返って最大の収穫は、優れた同僚の皆様と出会えたことだと思う。
そんなこんなで苦労しつつも検索系のお仕事を精力的にこなしていた間、当時あったmiklyという企画コンテンツの担当者の女性となぜか仲良くなり、なんやかんやで結婚までしていただいた。真の最大の収穫はこの事象とも言えようか。で、彼女と付き合い始めたばかりの頃に、ニュージーランドからやってきた謎の男tmaesakaさんと仕事をすることになり、その勢いで研究開発グループという部署が作られることとなった。それ以前は俺一人が「研究開発エンジニア」とかいう謎の肩書きだったのだが、ここからグループの歴史が始まったわけだ。
その後、セミナー全国行脚で出会ったshunyaさんをはじめ、fujimizuさんlyokatoさんtakahi-iさんという俊英に加わっていただき、「データストレージ」「データマイニング」「データインターオペラビリティ」というコンセプトで各種のミドルウェア的な仕組みの研究開発をしつつ今に至る。研究開発と言いながらアカデミックなことよりもベストプラクティスを探る活動が多かった気がするが、自らの仮説を実際のデータを用いて検証する活動を続けられたことは大変有意義だったと思っている。また、そうして考案したアルゴリズムや実装したシステムを実運用のサービスに組み込んでユーザの皆様からの反応を見られたこともよい経験になった。
個人的には、Hyper EstraierやTokyo CabinetやKyoto Cabinetなどの一連のデータ処理ライブラリをオープンソース製品として世に提供し、自社や他社で広く使われたことを誇りに思っている。手前味噌ながら、模倣すべき良いコンセプトや克服すべき問題点を、そこそこのレベルの実装として紹介できたと思う。私の製品を実際のビジネスに活用している人もいるし、私の製品をベンチマーク対象としてより良い製品を考案しようとしている人もいる。そして、彼らから得られたフィードバックを元にさらに実用的な製品開発を行って自身と組織の技術力とプレゼンスを高めるという活動ができたことが有意義であった。そういった活動をさせてくれたミクシィ社にも改めてお礼を申し上げたい。
その他、振り返るととても書ききれないたくさんの事案があるわけだが、まあともかくいろいろ経験できて面白かった。じゃあなんで辞めたのかという話は敢えて書かないけれども、辞めたからには今までできなかったことをこれからはやっていこうと思う。ちなみに、再就職先はまだ決まっていない。しばらくニート状態で開発と勉強をしながら、就職するか起業するかを模索していく所存である。
最後に非業務連絡。
- 研究開発グループの皆様:近いうち、グループ飲みしましょう。
- 焼き鳥の会の皆様:学芸大学、中目黒、渋谷、新宿あたりで開催お願いしまっす。
